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2008.08.06 04:36

最近ひとつ、人生の重大な謎が解けた…。
前世を含めた、大いなる謎を解いたかもしれない!

(勿論、最終的ではなく、途中経過における謎ですが。)

私は長い事、人生に繰り返し現れるあるパターンはカルマか?(前世の呪い?)とすら思って仕方なく戦い続けてはいたけれど、また現れるであろぅ事を思うと、今は行動が停止していた。

また解かりきっている同じパターンを続けて生涯を終える事が現世のカルマであるとするならば、ひとつひとつ(これまではイチオ)キレイに乗り越えながら、やりつづけて終える事を選択する以外に無いのか?


誰でも、自分の選択如何に関わらず!何故か何度も人生に現れるパターンや、同じミス(!?)の繰り返しは何故だろぅ?と思った事は無いだろぅか?
それに果敢に取り組んでいるだろぅか?
それともまだ潜在意識の中だろぅか?

私はこれまでの数々の前世でもとっても堅実に暮らしていたらしく、思えば、この繰り返しとの戦いだったに違いない。

先に言うと、全てはこの戦いを終わらせる為だったらしぃ。


ただし、その戦いは一般的な価値観(が重要であるかは解からないが)では悪い事ばかりでもなく、副産物として、これまでの前世も、そして現世も、・・・お金には困らないらしかった。
これは訳もなく、私には何故か納得できる事だった。


(恐らく前世においても)結構忍耐強い性格ゆえ、ある程度やっつけてイチオ堅実に、次へ進んでいたけれど、そのパターンが繰り返される意味というのは、実は、忍耐強く乗り越える為ではない事が判明した。

いい加減、これでもか!と、同じパターンが繰り返され続け、私も負けずにそのゲームをやりつづける事こそが問題だったらしぃ。


北風と太陽~ならば、北風!北風!北風!でも、絶対に上着を離さない旅人のよぅだった。

何ゆえ北風がそんなにまでも上着が欲しいのか?
人生は物語のよぅに、暖かい太陽で諭されて簡単に悟ったりはしない。

でも北風はホントはイイヒトだったみたい。
ちょっと手荒な洗礼だっただけで。
私はこれまで北風との連戦に、イチオ勝っていたと思っていたけれど、(それで必要な分の富を得ていけれど)、北風の声(自分の本当の声)には耳を貸さなかった。

一般的な価値観をもってすると、東京に長く居ると、冬はイチオ寒いとは感じられるけれど、そもそも北国育ちの私は、本能的には寒くない。
そんなに北風が上着を脱がせたいならば脱いでやったって問題ナシだった。
だから諦めて、一度は屈してみた。

私は超、普通じゃない独自の感覚(反発)を持ち合わせながらも、普段は一般的な常識や概念に従う事を仕方なく選択する傾向にあった。
そこにはいつも、両極端の葛藤の中、バラバラになりそぅな感覚で、究極の二者択一を迫られ、一般評に甘んじる道を長い事選択してきた。

今回は実は屈したと言うか、本能に従った。
それは前世含め、長い人生で初めての選択かもしれない。
このパターン自体がカルマではないと解かり、したがって、屈することは忍耐が足りない?とか、新しいカルマを作ってしまったとか、そんな事もなく、ひとつは正解を裏付ける発見があった。

むしろ、ここで課題をひとつクリアできなければ、即座にゲームオーバーで・・・「学びが足りないから、またイチからやり直し!」で、次もまた、同じよぅな北風の攻撃三昧の人生だったであろぅ。

(そして富を得ても尚、 頑張ってるのに何だか満たされない私~は続いたであろぅ。)


一説によると、自分でカルマやら~人生の学びに相応しい環境や親を、自分で選んで生まれてくると言う。

この北風スパイラルを、嫌と言う程に浴びせられないと、ちょっと間違って植え付けられた努力と忍耐と責任感を反省し、パターンを抜け出る決心をしないであろぅと・・・
きっとパリパリ一般的な価値観で、イチオ立派で堅実な家庭に生まれてきたんだと思う。

そこから抜けることは容易ではなく、実際かなりの人生を費やしたし、意固地な私には、自ら予め、高い難易度を課したに違いない。
前世の記憶は勿論無いけれど、状況を考え合わせるとそんな気がする。

本能的に、脱出は正解と1年以上前に解かっていたけれど、完全に解明できなかったゆえ、まだ北風が吹きさらすのではないか?という思考パターンを長いこと抱え続けていた。

これが繰り返されないにはどぅしたらヨイか?と、真剣に長い間、考え続けていたけれど、別に解明する必要は本当は無くて、本能がただ、正解だった。
自分の勘を信じればよいだけのことだった。

北風スパイラルは、現世でも来世でも、もぅやって来ないと思われる。

脱する事こそがカルマ~で、終わったのかもしれない?とも思うけれど、実はこれからが本番だろぅ。

取り合えずここまでは正解と、解かった事は、確信なく次へ進めない理屈っぽい私にとっては、大きな慰めとなる。

正解かどぅか?という概念は正確ではないし、神も誰も誉めたり罰したり評価を下す訳では無いらしく、
全ては自分が決める事。

多分、数ある課題のひとつを解いたに過ぎないと思われる。
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| § 雑談系 | コメント(8) | トラックバック(0) | |

この記事へのコメント

 こんばんは。 ちょいと覗きにきました。
 
 とても爽快な文章です。 力も湧いてきますね!
 
 そこに気付かれたなら、もうちいさな事に迷う事はないと思いますよ!

 多くの人はいわゆる常識で自分をいっぱいにしてガードしてしまう。 演じている自分に気付かずに、せっかくもらった今世での一生をそのまま生きてしまう・・・。 そして、その狭い価値観を知らず知らずに押し付けている・・・。
 
 宇宙空間に、”良い”だとか”悪い”だとかいう概念はありません。 ただただ愛が”ある”か”ない”かのみです。 愛というと限定されてしまうので、拡がるものと収縮するもの、とでも言い換えてみましょうか・・・。
 
 応援してます!
 
 お元気で!
 

| 康彦 さん | URL | 2008.08.06 20:10 |

康彦さん☆

お返事遅れてしまいましたが、コメントどぅも有り難うございます。

幾つか本を読みましたが、実際の生活と照らし合わせt読み解く事は難しいですね。
真理としては頭で学習しても、やはり経験から学ぶんですね。

やっとなんだか、近頃元気が出てきました。
どぅも有り難ぅございました♪

| micoち | URL | 2008.08.08 18:16 | 編集 |

 こんばんは。
 
>幾つか本を読みましたが、実際の生活と照らし合わせt読み解く事は難しいですね。
真理としては頭で学習しても、やはり経験から学ぶんですね。
 
 そのとおりだと、私も思います。
 
 気付いてしまうと、途方もない孤独が待ち構えていますよ。 でも、後戻りはできないんです。 自分を信じるしかないんです。
 
 でもね、解かり合えたときの感動、幸せ感、安心感がそれ以前とは全然違うはずなんです。
 
 go! go! micoち!
 
 ピアノ、聴いてみたいです。
 

| 康彦 さん | URL | 2008.08.08 20:04 |

>康彦さん

今日は久々に会った方から、明るくなった~と言われましたょ☆

勘がヨイ方なのにも関わらず、それに自信もあったのですが!!、どぅしても親の願いなどを反映させるよぅな状況がつづき、選択しきれない弱さはありました。

・・・確信できた後も、そぅいう意味では、他者を説得せねばならない事が起きそぅでキビシーですね。

お金は墓へ持って入れませんからね☆
でもまた大企業(!?)でOLやってもらいたいみたいですね。 (^^;
切り札がひとつあるので…、無理そぅなら使ってでも…、いつかは解かってもらわないと…と思います。

| micoち | URL | 2008.08.09 00:02 | 編集 |

 結局、魂の欲求には勝てないんじゃないですかね。
 
 生活の糧や、社会的ステータスを追いかけ、安心する事のみを求め、人生をつらい”戦い”に染め上げて、長い間、一本道でそれを続けてしまうと、私みたいに鬱病になってしまいます。 実直、誠実、かつ真面目で優しい人間ほど、そうなりやすいようです。 近頃ますます鬱状態の方が増えているようです。 役所の方や、主治医さんも言っていました。 これは社会の問題と、私は思います。 社会自身が今の社会を疑うことをせず、上記のような風潮を加速させてしまっているんですから・・・。
 
 ”お金”、哲学に値する大事なひとつのテーマですね。 今の世の中ではまだこれが要りますからね・・・。 私は、遠くない将来、人類は、自らが自らを制約し、縛り上げてしまっているこの”お金”というシステムを手放す時が必ず来ると信じています。 人は純粋に”魂”の存在なんだ、と気付く日が必ずやってくると信じています。
 
 長文ごめんなさいね。 自分のブログに書けばいいんですよねv-8
 
 ところで、切り札ってなんでしょう? 
 
 あっ、いけね~。 深入りしすぎかぁ・・・(笑)!
 
 では、また。 お元気で。
 
 

| 康彦 さん | URL | 2008.08.09 10:07 |

>康彦さん

前に、鬱関連の記事を書いたんですが、あまり普段、コメントのない私のブログにしては(それはそれで、書きたいだけなので全く問題ないのですが)暖かいコメントが沢山あって、正直驚きました。
http://straymico.blog98.fc2.com/blog-entry-87.html
現代病というくらい鬱はメジャーになり、幸か不幸か、なってしまってから、精神世界の探求~という人が多い気がします。
それに、宗教じゃなく、普通に精神世界系の本やヒーリングに触れられるのも、ごく近年になってからと思います。
だからまだ、怪しい世界~と抵抗されたりしますょね。
(精神世界~以外に何かもっと軽い言葉はないんでしょぅか?)

私は2度のポリープで、2度目の成長が早かった事を思うと、退職しなければ、又は当初の予定通りに同等クラスの企業へすぐ転職していたならば、最初のポリープ(初期の直腸癌)で今頃もぅ転移して死んでいたかもしれません。

私が自己実現できないからといって、即座にゲームオーバーなんて、短気な神様だなぁ?なんて、この記事を書いていたときは思いましたけれど、結局は、私が思う通りに生きられなくて同じ事を繰り返すなら、いつまでつづけても無駄~という事で、きっと自分で自爆装置をつくったんじゃないか?と思われます。

でも、死ぬ予定はしてなかったので、死ぬ程のことがあったんだから気付いて終了させる~というシナリオだったに違いありません。
それ程私はバリバリ、ブルジョワOLを謳歌していたので…。

もし私が何かやりたいと思うコトをこれからみつけてスタートを切ったとしても、儲かる仕事以外だったら反対されるのは必須です。
親には癌だった事は言ってません。死んだと思ってスキにやらせてくれ~というのはコクですし、説明したところで、信じてもらえる訳でもありませんし、言わずに済ませたいと思っていますが…。

| micoち | URL | 2008.08.09 19:01 | 編集 |

 わたしがいま、気になるのは、いろいろあったであろうポリープが、今はどんな感じなのでしょうか? という所です。もっと冷静に把握させてもらいたいのですが。 

| 康彦 さん | URL | 2008.08.13 03:54 |

>康彦さん

最初のポリープが去年で、半年後の検査~のつもりが延びて、8ヶ月くらいでまたあって、ちなみに、2度目も、放置すると癌化する細胞でした。

当初の予定では、2度目は無いだろぅという事で、次は年1度~というサイクルのつもりが、あったので、またそろそろ検査です。

最初も、妹ナースが何で検査するの?と不思議がるくらい、「何かあるんだってば!」と、痛くもなく、出血も無いのに検査して癌で、2度目も、しっかり私はある気がしたんですょ。

何故解かったか?は知りませんが、ひらめいたんですょ。
今は、2度、そぅいう事で察知したので、3度目はねぇ~という感じで、考えすぎでふとひらめく~というのはありません。

私も気持悪いので、なくなるまで早めの検査サイクルで…と思っています。

| micoち | URL | 2008.08.13 07:42 | 編集 |

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